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神秘と驚きの旅 エジプト紀行~カイロ~

2015年07月16日

まるで中世イスラム世界へタイムスリップ

エジプトと言えば真っ先にイメージされるのがピラミッド。しかし、一度来れば、あなたの想像を超える驚きと感動が、行き先々に待ちかまえているのが、本当のエジプト。旅の帰路につく頃には、これまでのイメージと先入観の全てが、何物にも変えがたい『あなただけのエジプト』の思い出に取って代わっていることでしょう。

ライトアップが美しいムイッズ通り

カイロの地名の由来は、10世紀に首都として建設された『アル・カーヒラ』。勝利の都、を意味します。都市の発展が進み、やがておびただしい数のモスクが建設されると街は『千の塔の都』、とも呼び親しまれるようになりました。

今もカイロのあちこちにはミナレットと呼ばれる塔が立ち並び、夕陽に染まるカイロの街を丘から眺めると無数のミナレットのシルエットが浮かび上がり、正に中世イスラム世界にタイムスリップしたかのような旅情あふれる光景が見られます。

イスラム地区を歩くなら、お薦めはムイッズ通り。通りの名前はファーティマ朝第4代カリフであり、エジプトを征服した事で有名なアブタミン・マアド・アルムイッズから取られました。彼の治世にファーティマ朝の首都はチュニジア方面からエジプトへ移され、カイロはイスラム黄金期の政治、学問、文化の中心地としてその繁栄を謳歌しました。中でもムイッズ通りは、ファーティマ朝からマムルーク朝時代にかけて壮大な宮殿が置かれ、またマドラサと呼ばれる神学、法学、医学などを学ぶ高等教育施設が多く建設されるなど、世界遺産イスラム地区を凝縮させた感があります。エジプト政府の修復プロジェクトにより当時の面影が蘇り、歴史的建築物の数々が内部見学可能となっています。

また夜のムイッズ通りはライトアップが美しく、アラビアンナイトの世界を彷彿とさせお薦めです。ハンハリーリバザールと同地区内、バザールの路地を抜けるとそこがムイッズ通り、手軽に楽しめるイスラム地区散策です。

ツタンカーメンの黄金のマスク
カイロ観光と言えば欠かせないのがエジプト考古学博物館。言わずと知れたツタンカーメンの黄金のマスク、若きツタンカーメンとその妻アンケセナーメンの仲睦まじい姿が描かれた黄金の玉座、棺が収められた黄金の厨子等々、眩いばかりの古代エジプト美術の傑作が3千年以上の時を隔て訪れる人々を魅了し続けます。

またミイラのコレクションは大英博物館が有名ですが、ラムセス2世、トトメス1世、ハトシェプスト女王といった歴代ファラオのミイラと対面出来るのが、ここエジプト考古学博物館。


ツタンカーメンとその妻アンケセナーメン
これらファラオのミイラは、当時横行していた盗掘からミイラを守ろうとした神官たちにより、王墓から次々とデル・エル・バハリの岩穴の隠し場所に移送され、19世に入り一挙に発見されました。
ミイラの発見者は、当時のエジプト考古局長でありエジプト考古学博物館の第二代館長でもあったフランス人のガストン・マスペロです。

また初代館長のオーギュスト・マリエットは半生をエジプトの発掘調査に費やしました。考古学博物館の展示品の多くは、彼の在任中に発掘されたものです。

18世紀末、ナポレオンによるエジプト遠征をきっかけに始まったエジプト学は、その後シャンポリオン、マリエット、マスペロらによりその礎が築かれ、やがてハワード・カーターによるツタンカーメン王墓、世紀の大発見へと繋がります。ここエジプト考古学博物館は、そうした先人たち、それを支えた数千の作業員たちの、汗と埃にまみれた努力の結晶であり、彼らの功績を称える場所とも言えます。





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