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激動の幕末の舞台!会津若松のおすすめ観光スポット

2020年09月11日

名城、鶴ヶ城へ

福島県の会津若松は江戸から明治時代への激動の転換期に、悲劇の舞台となったところです。1868年に始まった戊辰戦争では西郷隆盛を擁する薩摩藩に加え、薩摩藩と同盟を結んだ長州藩などの「官軍」と「朝敵」「賊軍」とされた会津藩などの旧幕府軍との間で戦いが繰り広げられました。この悲劇の舞台で健気に、力強く生きた女性・新島八重を主人公にした大河ドラマ『八重の桜』が2013年に放送され、記憶に残っている方も多いでしょう。悲劇の舞台となった会津地方の中心・会津若松市内の歴史スポットなどを紹介します。

会津戦争の悲劇、「白虎隊」の少年たちが眠る飯盛山

会津若松市内観光で外せない飯盛山
墓前には御線香の煙が絶えることはない

1868年の会津での戦争の悲劇として語り継がれる「白虎隊」。迫り来る新政府軍から会津を守ろうと立ち上がった16歳前後の少年兵のひとつに、白虎隊がありました。会津に攻め入ろうとする新政府軍に押され「戸ノ口原合戦」から退却するなかでたどり着いたのが、飯盛山でした。

飯盛山は会津若松市街の東2km、城下町を一望できるところにあります。疲れ果ててたどり着いた白虎隊士たちが見たのは、守るべき鶴ヶ城の天守をつつむ激しい炎と煙……。捕らえられて生き恥をさらすよりは、潔く死を……。

赤い丸、白いアンテナの先に鶴ヶ城が……

20名の白虎隊士は飯盛山の中腹から燃え盛る鶴ヶ城を見て自刃したことは、あまりにも有名な歴史上の出来事です。年端もいかない若者が、どのような思いで命を絶ったのでしょうか。さらに、隊士が自刃したとき、まだ鶴ヶ城は落城していなかったという悲劇。城前の建物に火災が発生していて、それを鶴ヶ城が燃えていると見誤ってしまったのです。その現場に立つと、いろいろな思いが巡ってくることでしょう。

筆者が飯盛山を訪問したのは、少し雨が降るような平日でした。にもかかわらず、白虎隊士のお墓には多くの人たちが参拝に訪れ、線香の煙が絶えることはありませんでした。

ところで、隊士の墓から5分程度歩いたところにある「白虎隊自刃の地」に立ってみると、鶴ヶ城の位置が一瞬では分かりませんでした。鶴ヶ城を自分では見つけられず諦めかけたとき、ボランティアガイドがたまたまいらっしゃって、城の位置を含めていろいろ教えてくださいました。鶴ヶ城が「白虎隊自刃の地」からやや見えづらくなってしまったのは、2011年に鶴ヶ城の瓦が当時の赤瓦になったことに加え、周囲の木々が大きく成長(伐採ができない)したためとのこと。飯盛山への訪問では、事前にボランティアガイドに案内をお願いするとよいでしょう(飯盛山観光案内所で予約可能)。

国指定重要文化財の「さざえ堂」

飯盛山を下り、その麓にある「さざえ堂」にも立ち寄りましょう。高さ16.5m、六角三層のお堂で、国指定重要文化財となっています。独特な構造の建物で、内部の見学も可能です。

■さざえ堂
・住所: 〒965-0003 福島県会津若松市一箕町八幡滝沢155
・URL: https://www.aizukanko.com/spot/138/

「戸ノ口堰用水」のトンネル

さざえ堂からさらに順路を進むと「戸ノ口堰用水」のトンネルがあります。「戸ノ口堰用水」は猪苗代湖から会津城下へ水を引くためものです。戊辰戦争時、「戸ノ口原の戦い」に敗れた白虎隊が城下へ戻る際に、この水路を抜けてきたのだとか。その後、飯盛山に登り、自刃したというのです。 水に濡れ、疲れ果てた少年たちの思いとは……。

■飯盛山(白虎隊十九士の墓)
・住所: 〒965-0003 福島県会津若松市一箕町大字八幡弁天下
・URL: https://www.aizukanko.com/spot/137

さらに、「戸ノ口堰用水」のトンネルから徒歩10分程度のところに、立ち寄りたいスポットがあります。

旧滝沢本陣(国指定史跡・国指定重要文化財)

ひとつめは、戊辰戦争の際に会津藩の本営となった「旧滝沢本陣(国指定史跡・国指定重要文化財)」です。

旧滝沢本陣は参勤交代や領内の巡視などの際に、殿様が休息をとったところです。また、戊辰戦争のときには本陣が置かれ、白虎隊がここから出陣したと伝わっています。国の重要文化財に指定されています。

■旧滝沢本陣
・住所: 〒965-0003 福島県会津若松市一箕町滝沢122
・URL: https://www.aizukanko.com/spot/139

★2020年度は休館中
2020年度は茅葺屋根葺き替え工事のため、休館となっています。再開時期は「会津若松観光ナビ」ウェブサイトなどで事前に確認ください。

『八重の桜』のオープニング映像で有名になった石部桜

ふたつめは、「石部桜」です。『八重の桜』のオープニング映像の冒頭に登場し、有名になった樹齢約650年といわれるエドヒガンザクラです。最も広いところで約20mもあるという枝張で、春の桜が満開の時期に、田んぼのなかで佇む美しい姿に圧倒されることでしょう。

■石部桜
・住所: 〒965-0003 福島県会津若松市一箕町八幡石部
・URL: https://www.aizukanko.com/spot/628

当時の姿に蘇った名城・鶴ヶ城

新政府軍の砲撃に1ヵ月も持ちこたえた名城

会津のシンボルのひとつ、鶴ヶ城。1868年8月23日に鶴ヶ城を包囲した新政府軍は、圧倒的な火力で城への砲撃を加えました。その攻撃に約1ヵ月も耐えた名城なのです。1874年に石垣だけを残して取り壊されてしまいましたが、1965年に市民などからのたくさんの寄付によって再建されたのだとか。また、2011年春には幕末時代の赤瓦に変えられ、往時の姿が蘇りました。

天守閣の中には展示室などが設けられていますので、場内に入ってみましょう。

天守閣の最上階からは飯盛山も見える

天守閣に入り、戊辰戦争の歴史などをパネルで振り返りながら順路に沿って最上階へ上っていきましょう。

天守閣の最上階からは白虎隊士が眠る飯盛山を見ることができます。上の画像の中央左寄りにある白い電波塔の先が飯盛山です。

『八重の桜』の主人公・新島八重は、鶴ヶ城の落城の際に「明日よりは何処かの誰か眺むらむ 馴れにし大城に残る月影」という句を城の白壁に刻んだのだといいます。明治に入ると、この句をモデルに土井晩翠が作詞し、滝廉太郎が作曲した『荒城の月』が生まれたのだとか。城内には、その碑もあります。

満開の桜と鶴ヶ城

また、鶴ヶ城は例年4月中旬頃に約1000本もの桜が咲き誇る東北有数の花見スポットでもあるのです。桜の時期の鶴ヶ城、一度は訪れてほしい絶景スポットです。

■鶴ヶ城
・住所: 〒965-0873 福島県会津若松市追手町1−1
・URL: http://www.tsurugajo.com/

桜が満開の鶴ヶ城への訪問時の情報、筆者が撮影したたくさんの画像を「地球の歩き方 旅スケ」の旅行記で紹介しています。以下でご確認ください。

≫≫≫(関連記事)満開!会津若松・鶴ヶ城の桜(ライトアップ)と石部桜、喜多方・日中線しだれ桜!

松平容保公が眠る、松平家墓所

会津9代藩主、松平容保公の墓所
容保公の姉、照姫も眠る松平家墓所

会津若松駅からバスで約20分程度のところにある東山温泉の入口付近にあるのが、松平家墓所です。松平家墓所は、会津藩の2代藩主・保科正経公から幕末の9代藩主・松平容保公までなどが葬られています。緑に覆われた静かなところにあり、やや体力を要する山道を10分程度登ると墓所が現れます。

容保公の墓所の左奥側には、10代以降の藩主や現代の松平家の方々の墓もあります。容保公の姉、照姫も眠っています。

会津藩祖・保科正之(江戸幕府第3代将軍・徳川家光の異母弟)から伝わる15条からなる会津家訓(第1条「徳川将軍家には絶対の忠誠を尽くさなければならない」)に忠実に従って、幕末に京都守護職に就き、孝明天皇から厚い信頼を寄せられたのに、その後「朝敵」の汚名をきせられた松平容保公。1868年9月22日、新政府軍に降伏を決意した容保公は、どのような思いを抱いていたのでしょうか……。

■松平家墓所
・住所: 〒965-0813 福島県会津若松市東山町大字石山字墓山
・URL: https://www.aizukanko.com/spot/27/

会津藩家老・西郷頼母一族の「自刃の場」を再現した会津武家屋敷

家老・西郷頼母邸などがあるミュージアムパーク
西郷家一族の21人が屋敷で自刃する場面を再現

会津武家屋敷は松平容保公に仕え、容保公の京都守護職就任に反対し、新政府軍への恭順を訴え続けた会津藩家老・西郷頼母の邸宅などを中心に旧中畑陣屋(重要文化財)や会津歴史資料館などがあるミュージアムパークです。

中に入ると、お殿様がおいでになった時にだけ使用されたという「お成りの間」などの部屋や建物などを見ることができます。

会津武家屋敷での一番の注目は、西郷一族「自刃の場」を再現したエリアです。戊辰戦争で新政府軍が城下に攻めてくると、西郷頼母の母や妻子など西郷家一族の21人が屋敷で自刃するという悲劇がありました。その場面が人形などで再現されています。

頼母の妻、千重子の辞世です。 「なよ竹の 風にまかする 身ながらも たわまぬ節は ありとこそきけ」

■会津武家屋敷
・住所: 〒965-0813 福島県会津若松市東山町大字石山院内1
・URL: http://bukeyashiki.com/

会津若松へのアクセス・市内巡りの方法

会津若松駅前にある白虎隊士の像

戊辰戦争の舞台・会津若松へのアクセス方法、市内の観光スポット巡りの方法などを紹介します。

東京方面から会津若松駅への鉄道を利用したアクセス方法は、おもにふたつあります。ひとつ目は、東京駅から東北新幹線郡山駅(約1時間20分)でJR磐越西線(約1時間5分)に乗り換えるというもの。ふたつ目は、東武鉄道の浅草駅から特急「リバティー会津」号に乗車し、会津田島駅へ(約3時間15分)。会津田島駅で会津鉄道(約1時間5分)に乗り換えるというものです。

会津若松駅を基点に鶴ヶ城や飯盛山、会津武家屋敷などを巡る場合は「まちなか周遊バス」の利用が便利です。「ハイカラさん」と「あかべぇ」というふたつの種類のバスが、それぞれ30分間隔で走っています。ふたつのバスは、周遊ルートの周り方などに違いがあります。詳しい情報は、会津バスのホームページで。

■まちなか周遊バス(会津バス)
・URL: https://www.aizubus.com/rosen/machinaka-shuyu

会津若松駅前にある巨大な「赤べこ」

まもなく、会津・鶴ヶ城が落城した9月22日を迎えます。例年のこの時期、戊辰戦争に倒れた先人の霊を祀るため「会津秋まつり」が開催されます。なお、まつりのメイン行事として開催される「会津藩公行列」に2019年は綾瀬はるかさんが6年連続で、主人公の幼少期を演じた鈴木梨央さんが2018年に続く2回目の参加となりました。綾瀬さんと鈴木さんのふたりは鶴ケ城での出陣式であいさつ(9:55から)を行った後、化粧車に乗って市中心部の約7kmをパレードしました。

なお、2020年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、例年通りの開催は困難になったというアナウンスがなされました。ただし、「会津若松観光ナビ」ウェブサイトによると「先人への鎮魂と感謝、会津藩復権の祝いと喜び等を継承するため『先人感謝祭』については新しい生活様式を踏まえつつ新たな形態で実施したく調整中です。行事内容が決定次第、情報発信させていただきます。」とのこと。

最新情報は、「会津若松観光ナビ」ウェブサイトで確認ください。

鶴ヶ城の天守閣からの眺め

『八重の桜』の舞台、会津若松へ出かけてみませんか。

■会津若松観光ナビ
・URL: https://www.aizukanko.com/

※初回掲載: 2018年08月27日

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※当記事は、2020年9月11日現在のものです。

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