知られざるスペインの魅力に出合う アラゴン州の旅 Vol.1 サラゴサ

公開日 : 2019年02月08日
最終更新 :
聖母マリアが現れたという、エブロ川岸に建つピラール教会
聖母マリアが現れたという、エブロ川岸に建つピラール教会

ピレネー山脈の南麓にあるアラゴン州は、地方ごとに独特な文化をもっています。例えば教会建築は、北はロマネスク、南はイスラム調の様式が主流で、外観がまったく異なります。モザイクのように多彩なアラゴン州の歴史と景色を楽しみに、まずは州都サラゴサを訪ねました。

1118年、アルフォンソ1世がこの地のイスラム王国を征服して以来、サラゴサはアラゴン王国の都として栄えてきました。現在はアラゴン州の州都としてスペインで5番目に大きい、66万人の人口をもつ都市になっています。町の中心を流れるエブロ川は、2000年前に聖母マリアが川岸に現れたという伝承があり、その地には巨大なピラール教会が建立され、マリア信仰の中心地として世界中から巡礼者が集まる聖地になっています。

聖母マリアの教会と元モスクの大聖堂が並ぶ不思議な広場へ

聖母マリアの教会と元モスクの大聖堂が並ぶ不思議な広場へ
現在のピラール教会は1681年スペイン王カルロス2世が建設

サラゴサの町歩きは、エブロ川沿いにたたずむピラール教会からスタートです。まずエブロ川ですが、スペイン国内のみを流れる川としては最長の約930kmもの長さを誇る大河です。古代においては、地中海で覇権を競う大国カルタゴと新興国ローマとの自然国境でした。紀元前3世紀に、カルタゴの猛将ハンニバルがゾウ37頭と10万の兵を率いてエブロ川を渡り、ローマに戦争を仕掛けたことは世界史の重要なエポックのひとつです。この川がスペイン史においていかに重要かといえば、川の名前が「イベリア」の語源になったことからも読み取れます。

その大河に荘厳な姿を映しているのが、ピラール教会。ローマ時代の西暦40年、伝承によれば、キリスト12使徒のひとり聖ヤコブがエブロ川の岸辺で祈っていると、聖母マリアが目の前に現れてヤコブに柱を与え、これを使って教会を建てるように命じたそうです。それ以降、教会は焼失と再建を繰り返し、17世紀に、現在のバロック様式の巨大なピラール教会が建てられました。教会の正式名称は「ヌエストラ・セニョーラ・デル・ピラール教会」で、その意味は「柱の聖母」です。

ピラール教会でもっとも人気が高いのは「柱」のある礼拝堂
ピラール教会でもっとも人気が高いのは「柱」のある礼拝堂

柱が置かれた部屋はいつも参拝者で賑わっています。世界中のカトリック教徒が参詣する、スペイン有数の聖地だけのことはあります。

■ ピラール教会 Basílica de Nuestra Señora del Pilar
・住所: Plaza del Pilar s/n, Zaragoza
・料金: 無料

スペイン語でフォロ・ロマーノ(ローマ広場)と呼ばれる歴史的広場
スペイン語でフォロ・ロマーノ(ローマ広場)と呼ばれる歴史的広場

ピラール教会の正面は広大な広場です。一説によれば、ピラール広場はヨーロッパで最大の広場なのだそうです。実際には、もっと広い広場が他国にいくつもあるようですが、スペイン人がお国自慢をしていたら、黙ってそのとおりですと頷いたほうがいいでしょう。ともあれ、ピラール広場はそう表現するにふさわしい広場であることに違いはありません。

ピラール広場の東側には別の広場、ラ・セオ広場があり、別名「ローマ広場」と呼ばれています。その名のとおり、ローマ時代はここが町の中心地でした。それから2000年たった今も町の中心ですから、歴史のある広場といえます。ローマ広場の地下には初代ローマ皇帝アウグスティヌスを祀った神殿の遺構があります。

イスラム調の精緻な幾何学模様が施された、カトリックの大聖堂
イスラム調の精緻な幾何学模様が施された、カトリックの大聖堂

ローマ広場の一角には、イスラム風の外観が特徴的なラ・セオ(大聖堂)が建っています。ラ・セオは、ユネスコの世界遺産「アラゴンのムデハル様式の建築物」のひとつに登録される歴史的な建造物です。なぜ、大聖堂がイスラム建築なのかというと、1118年にアルフォンソ1世がサラゴサをイスラム教徒から奪取するまでは、ここがサラゴサ最大のモスクだったからです。

人々は歴史的に古いラ・セオを大聖堂と呼んでいますが、本来は、サラゴサの司教座聖堂であるピラール教会が大聖堂のはずです。そうです、サラゴサには、地域にひとつしかないはずの大聖堂が、広場を挟んでふたつあるのです。そのためにピラール教会とラ・セオは、微妙な緊張関係にあるとのこと。さすがに歴史ある町らしく複雑な様相です。

ラ・セオは朝日が窓から入る午前中が特に美しい
ラ・セオは朝日が窓から入る午前中が特に美しい

ラ・セオは、外観はアラブ風のイスラム建築ですが、内装はフランス発祥のゴシック建築です。ほかに、場所によってロマネスク、ルネサンス、バロックと、合計5つの建築様式が見られます。スペインの変化に富んだ歴史がこれほどまでに多様な装飾の建築物を造りだしたのかと、たいへん感銘を受けました。

■ラ・セオ La Seo
・住所: Plaza de la Seo s/n
・時間: 冬期
      月~金 10:00~14:00、16:00~18:30
      土 10:00~12:30、16:00~18:30
      日・祝 10:00~12:00、16:00~18:30
     夏期
      月~金 10:00~18:30、19:45~21:00
      土 10:00~12:30、15:00~18:30、19:45~21:00
      日・祝 10:00~12:00、14:00~18:30、19:45~21:00
     ※入場は閉館時間30分前まで
・料金: 4ユーロ

イスラムとカトリックが融合したムデハル建築の宮殿へ

イスラムとカトリックが融合したムデハル建築の宮殿へ
14世紀のヨーロッパ。赤がアラゴン王国、橙がアラゴン連合王国

ピレネー山脈の南麓に建国されたアラゴン王国は、サラゴサ征服後に瞬く間に周辺のイスラム小王国を併合して、領土を拡張しました。ことに12世紀にカタルーニャとの連合王国が成立してからは、シチリア、イタリア、アテネ、マルセイユをも領する地中海帝国を築き、黄金時代を迎えます。それだけに、ローマ時代、イスラム時代、キリスト教時代の多様な歴史と文化が、旅先で見られます。

現在はアラゴン州議会として使われているイスラム宮殿
現在はアラゴン州議会として使われているイスラム宮殿

旧市街の西側に建つアルハフェリア宮殿は、11世紀のイスラム王国時代にスルタンの居城として建設されました。その後、キリスト教徒の王によって大幅に改築され、いまの要塞のような姿になりました。

イスラム建築は幾何学模様と陰影の使い方が洗練されている
イスラム建築は幾何学模様と陰影の使い方が洗練されている

タイファ時代の王族の礼拝堂には、イスラム美術の傑作として名高い二連窓があります。窓からの光が、やわらかな陰影と落ち着いた雰囲気を醸し出していて、王族の祈りが深まったことでしょう。

イスラム調アーチに囲まれた中庭が夕暮れの淡い光に浮かびあがる
イスラム調アーチに囲まれた中庭が夕暮れの淡い光に浮かびあがる

宮殿の奧へ進むと、スペイン中どこへ行っても見られる、オレンジの樹が植えられたイスラム風パティオがあります。アラビアンナイトの舞台になりそうなエキゾチックな趣で、うっとりと見とれてしまいます。ちなみに、このオレンジの樹は観賞用の品種で、見た目は可愛らしいですが、食べてもおいしくない、というより、まずいのだそうです。

イスラム様式アーチで最も特徴的な円弧が連なる多弁型アーチ
イスラム様式アーチで最も特徴的な円弧が連なる多弁型アーチ
楯に描かれているのはアラゴン連合王国とカスティーリャ王国の紋章
楯に描かれているのはアラゴン連合王国とカスティーリャ王国の紋章

見上げると、天井の装飾に、アラゴン王国とカスティーリャ王国を表す国章を囲んで、イスラムを象徴する八芒星(先端が8つある星)が刻まれています。イスラムとカトリックが融合したムデハル建築らしい特徴で、ここも世界遺産に登録されています。

サラゴサ近郊出身の画家ゴヤの作品を鑑賞

サラゴサ近郊出身の画家ゴヤの作品を鑑賞
パティオにはギリシアの彫刻の精巧なレプリカが並ぶ

旧市街の東側にある、サラゴサ美術館へも行ってみました。ここにはローマ時代以来の美術品が多数収蔵されています。なかでも、日本の北斎らの浮世絵と、スペインを代表する画家ゴヤの作品は、同館の目玉です。ゴヤは地元出身の大作家なので外せませんが、意外にも日本美術の収集でも一目置かれる存在の美術館なのです。今回はゴヤの作品を時間をかけて見てきました。

ゴヤの作品が多く常設展示されている
ゴヤの作品が多く常設展示されている

ゴヤは、1746年、サラゴサから南へ44kmの荒野にあるフエンテトドス村で生まれました。14歳から18歳までサラゴサで絵画の修業をした後にイタリアへ留学し、帰国後の26歳からピラール教会の天井装飾を手がけています。しかし、イタリアの宗教装飾画に倣って女性の裸の乳房を描いたところ、司教の不興を買い、美術論争の果てにゴヤはピラール教会の仕事を辞めてしまいました。後に名画「裸のマハ」で世の中を騒然とさせたゴヤは、若いときから独自の感性を貫いていましたが、それはイタリア仕込みだったのですね。この事件の後、ゴヤはマドリードへ活動の場を移し、後に宮廷画家の地位を確立します。そしてピラール教会の天井装飾は、現代にいたるも未完成のままです。

■ サラゴサ美術館 MUSEO DE ZARAGOZA
・住所: Plaza de los Sitios, 6
・開館: 火~土 10:00~14:00、17:00~ 20:00
     日・祝 10:00~14:00
・休館: 月
・料金: 無料

アラゴン名産のワインとチョコレートを買ってホテルでくつろぐ

アラゴン名産のワインとチョコレートを買ってホテルでくつろぐ
アラゴンの名産はチョコレートとワイン

旧市街にあるアラゴン物産店「アラセナ・デ・アラゴン」は、おみやげを探すのに最適なお店です。ここで買いたいのはチョコレート。ヨーロッパで最初にチョコレートが作られたのはアラゴン州なので、サラゴサはおいしいチョコレートがあることで有名です。特に、サラゴサ名物のドライフルーツをチョコレートで包んだスイーツ、フルータス・デ・アラゴンFrutas de Aragónは必ず買いたいですね。

アラゴンはワインの産地としても有名です。幾多の銘柄のなかから興味を惹くのはこのボトル。

アラゴンの赤ワインは色が黒いほど濃く、アルコール度数も高め
アラゴンの赤ワインは色が黒いほど濃く、アルコール度数も高め

最近メディアを騒がせた、「修復されたイエスの肖像」をラベルのモチーフにしています。そうです、BBCが「毛むくじゃらのサルのスケッチ」と酷評して世界中に知られるようになったあの修復画は、サラゴサから東へ40分ほどのボルハ市にある教会の装飾画なのです。この絵は、今や人気画となって世界中から見学者を集めているとか。

こんなお茶目な地元産ワインと、由緒あるチョコレートをペアリングさせて、ホテルでゆったりとサラゴサの夜を過ごすのもいいものです。

■ アラセナ・デ・アラゴン La Alacena de Aragón
・住所: Don Jaime I 38
・営業: 月~土 10:00~21:00 
     日11:00~14:30

飲み歩くだけでなく、夜のウインドーショッピングもスペイン人の楽しみ
飲み歩くだけでなく、夜のウインドーショッピングもスペイン人の楽しみ

ホテルでナイトキャップを楽しむ前に、夜のサラゴサの町歩きもぜひ! ピラール教会へと続く目抜き通りのアルフォンソ1世通りは、夜遅くまでショッピングを楽しむ人で賑わっています。飲み屋街El Tuboもこの近く。食道楽でワイン好きなスペイン人たちは、なかなか家に帰りません。スペイン人と一緒に飲み歩きを楽しんでみてはいかがでしょうか。

次は、サラゴサから列車で南へ、テルエルへ向かいます! 
→Vol.2へ


取材協力: アラゴン州観光局/スペイン政府観光局
http://www.turismodearagon.com/es
https://www.spain.info/ja/


フォトグラファー:有賀正博

筆者

地球の歩き方書籍編集部

1979年創刊の国内外ガイドブック『地球の歩き方』の書籍編集チームです。ガイドブック制作の過程で得た旅の最新情報・お役立ち情報をお届けします。

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